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2006.02.26

尊敬するひと

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 前々回に引き続き、スポーツネタでございます。
 
 「尊敬する人は誰ですか?」

 よく聞かれるこの質問。高校の頃は、特に思いつかなくてありきたりに「両親」とか答えていた。でも最近は、身近な人、そうでない人を含め、たくさんの尊敬する人たちがいる。これはきっと幸せなことなのだろう。

 私の尊敬する人のうちの一人、というかその道の人はアスリートの人たちだ。サッカー選手、野球選手、マラソン選手、スケート選手・・・たくさんのアスリートたちだ。
 彼らは日々戦いの中に身をおいている。自分との戦い、相手との戦い、記録との戦い、世界との戦い。トリノもやってるし、WBCもやるし、ワールドカップはすぐそこだしで、彼らの戦いをまざまざと見せられる毎日だ。

 彼らは、きっとたくさんのものを犠牲にして、勝てるとも分からない孤独な戦いに挑み続けてる。しかも、その背負うものは、自分の思いだけでなく、監督やコーチや家族や、さらにはサポーターや日の丸だったりするわけだ。私はその重さを考えただけで、もうダメ。そんな期待を背負って、たゆまぬ努力をして、スランプに陥っても何とか這い出して、ぞっとするような不安を払いのけて(あるいは抱え込んだまま)、挑み続ける。そんな過酷なことに耐えていることに、心底尊敬します。

 シドニーで金メダルを取った高橋尚子は、走り終わった後、「とても楽しい42Kmでした!」と笑顔で言っていて、走ること自体が楽しくてしょうがない!結果は後からついてきたものに過ぎない!という感じだった。でも、その後の、初めて味わったという終わりの見えないどん底の日々は、ドキュメンタリーなどで周知のことで、やっぱり一筋縄じゃいかないんだと思った。
 有森裕子は、自分にとって走ることを楽しいと感じたことは一度もなく、常に苦痛だったという。走ることは、まずまず苦しいか、ひどく苦しいかのどちらかだったと。
 人生は長いマラソンにたとえられることが多いけど、たぶんそれは真実なんだろうな、と彼女たちを見て思うのだ。

 選手がよくインタビューで、「あとはもう自分の力を出し切って、自分のプレイをするだけです」とか「自分らしく、楽しむつもりでやります」と言うけれど、この言葉を聞く度に、どのスポーツの、どの選手でも、「すごいなぁ」と思う。実際、常套句のように使われているけど、本人は本気でそう信じて言っているに違いない。努力と、それに裏打ちされた自信と、プレッシャーをはねのける強い気持ち。オシム監督も言っている。「自分たちを信じられないなら終わりで、前へ進むのが無理ならやめるしかない」と。
 
 人生に挑んでるなんて言うには、彼らに比べたら私の努力はなんと貧相なことか。それでも、自分の前にそびえる高い壁を見上げるたびに、思い浮かべるのは彼らのまっすぐな姿だ。わたしもそうありたいと、強く願うのだ。

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Posted at 00:56 | Anything | COM(1) | TB(0) |
2006.02.24

オシム監督

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 フィギュアスケートも終わって、私のトリノは完。次はワールドカップだ!

 昨シーズンのJリーグは最終節までもつれ込む大混戦だった。上位5位までが、最後の試合まで優勝の可能性があって、どこのチームが優勝してもおかしくないほど実力は拮抗していて、最後の最後まで目が離せなかった。
 私は小さい頃から一貫して、鹿島アントラーズのファン。最近のアントラーズはめっきり弱くなって、タイトルもしばらくとってなかった。しかし、昨シーズンは2位に勝ち点差10以上をつけ、ぶっちぎりで1位を突っ走っていたので、「こりゃぁ今シーズンの優勝は間違いなしだな」なんて思っていた。が、肝心のラスト3ヶ月くらいであれよあれよと言う間にガンバに追いつかれ、それに追従するように浦和、千葉、セレッソが勝ち点差を縮めてきたわけだ。

 結局ガンバ大阪が優勝したわけだが、私は試合を見ているうちに、すっかりジェフ千葉のファンになった。若い選手が多く、運動量の多いサッカー。リスタートから展開する独創的なサッカー。よく走る、攻撃的なサッカーはアントラーズとは少し違っていて、おもしろい。

 リーグの合間に行われたナビスコカップで初タイトルを手に入れた千葉。オシム監督の下で、走るサッカーを仕込まれ、相手がガンバだったということもあって、攻撃的なチーム同士の試合だった。試合はPKまでもつれ込み、フリーキック職人遠藤がPKを外して、千葉が優勝した。リーグでは、このとき残り3試合くらいで、千葉は確か5位だった。優勝戦線にかろうじて残っているという状態だったけど、まだ可能性はあった。
 ナビスコ優勝のインタビューで、リーグの優勝の可能性について質問されたオシム監督は、微笑みながらこう言った。
「夢を見ることは禁止されていません。夢から覚めてもいけないのです。」

 残念ながら優勝はできなかったが、可能性を最後の試合まで残したいいシーズンだった。オシム監督のこの言葉は、サッカーだけでなく他のことにも当てはまると思うし、何よりこのときの私をすごく励ましてくれた言葉だった。来シーズンも、ジェフを応援するぞ!そして、ジェフの巻くんや阿部くんが無事にワールドカップのメンバーに選ばれるといいな。そのためにも来週からのJリーグにご注目。

上のような名言の多いオシム監督。オシム語録はこちら。
http://www.so-net.ne.jp/JEFUNITED/goroku/index.html

Posted at 14:28 | Anything | COM(2) | TB(0) |
2006.02.23

小サプライズ

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最近のサプライズ。硬軟とりまぜ。

1.元ノンノ・モデルの杏ちゃんが渡辺謙の娘だったこと。
2.実家に帰ったら、おじいちゃん(81)がインドに旅行中。
3.「サドかマゾかでいったら、自分はサド。だって努力家だから」といった千原兄弟・兄の証言。
 「努力家ってサドなの!?いや、でも努力してると苦しいからマゾなんじゃないか・・・?」などと、ひとり悩む。
 (千原兄の言動に振り回された自分にもおまけサプライズ)
4.「これにあてはまったら認知症のおそれ」という項目に、次々と○が入る。要注意。
5.クリスティーの小説の犯人とクマのプーさんの頭の良さ。
6.家の近くにメイド弁当屋が。今日はじめて「お嬢様」と呼びかけられた。萌え~・・・ない。
7.「自分が運命というものに流されるとしたら、その流れを止めてくれるのが神様」という遠藤周作の小説の中の言葉。今まで勝手に、運命を決めるのは神様だと思っていたけど、その運命を変えてくれるのが神様だったとは。無論運命があればという前提での話だけれど、思い違いをしていた。
8.眞鍋かをりさんと誕生日が一緒。今まで、毒蝮三太夫しか同じ誕生日の人を知らなかったので、うれしい。
9.カーリングのおもしろさと女子フィギュア・ショートの順位。決戦は今夜!

 たいした日常を送っていないけど、淡々とした生活ならばそれなりに小さなことにも驚くようになるらしい。ビッグサプライズは未だなし。
アデュウ。

注:写真は本文には関係ありません。


Posted at 23:00 | Anything | COM(4) | TB(0) |
2006.02.20

世界の悪女とくまのプーさん

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 最近読んだ、澁澤龍彦の「世界悪女物語」。タイトルのごとく、世界の超SS級の悪女が登場している。

 澁澤さんの言う悪女の定義とは、「美貌と権力によって悪虐の限りをつくした女性、あるいはまた、愛欲と罪悪によって身を滅ぼした女性」であるらしい。これは偽善でもなんでもなく、まず私には無理だろう。

 この本には10人の名高き(?)悪女について書かれているが、私が一番衝撃的だったのは、エルゼベエト・バートリ。彼女は16世紀の末、身分の高いハンガリアの貴族の家柄に生まれながら、自分の若さと美貌を保つために、600人以上の若い娘を殺して、その血の中に浸ったという残忍無類の女性・・・。こっえーーーよ!!
 「ベルバラ」の特別編に出てくる、カリオストロ夫人そのものです(これは郷ちゃんに教えなきゃ!)。あの漫画に出てくる人型殺人マシーンも本当に作って、使っていたそうです。使いすぎて、血で機械がさびてしまい、最後には動かなくなってしまうくらい使ったらしいです。こわいよぉ。本物の人間みたいなその殺人マシーンが、若い娘を抱き寄せると、腹部から何本もの刃がでてきて・・・キャー!もう怖くて書けません。

 そして今読んでるのは、「クマのプーさんの哲学」。

 筆者によると、プーさんは西洋哲学のもっとも偉大な代表者であり、ソクラテスのように、「頭の悪いクマ」のフリをしているだけらしい。
 さらに、イーヨーはニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の全貌を解くカギになっていて(これはミヤティーに教えなきゃ!)、コブタは道徳哲学への示唆に富んでいるらしい。そしてあのトラは、功利主義を唱えたJ.S.ミル・・・。
 最初から、「ホンマかいな」とツッコミを入れたいところだが、既存の価値観が変わるのは楽しい体験なので、最後まで読もうと思う。

 これを読み終わるころには、プーさんが偉大すぎて、キーホルダーなんかにして、ぶら下げられなくなっているかもしれない。(それはないか・・・)


Posted at 23:11 | Books and Comics | COM(5) | TB(0) |
2006.02.15

旅行嫌いがトルコに思う

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 私はそんなに旅行が好きなほうではない。というか、もしかしたら嫌いかもしれない。
 このことに気づいたときに、「これって人として問題があるんじゃ・・・?」と思って友達にポツリと話してみたら、「そういう人だっているよ、いっぱい。」と言われて救われた。そして、「でもそのわりによく旅行に行ってるよね。」とも言われた(笑)。

 確かにそうなのだ。私はよく旅行に出かける。たいていは小旅行で、プラッと出かけるような規模のものだが、それでも旅行には違いない。私が、旅行の何が嫌いかと言うと、荷造りや事前の下調べ、ガイドブックの商業的なつくりから、面倒な観光とお決まりの写真撮影までありとあらゆるものが面倒くさい。
 それでも、旅行に行ってしまうのは、非日常を体験してみたくなったり、実際にこの目で見なくては!と思ったり、一緒に行く仲間がどうにも魅力的だったりするからだ。
 それなのに、それなのに!あまりにもガイドブックと同じだったり、商業的すぎてギラギラした観光名所にうっかり行ってしまうと、ガックリきてしまう。だからといって、かっこ良く颯爽と無計画で乗り出すのも、小心者だからできない。そういうことが比較的多いから、旅行を相対的に嫌いだと感じるのかもしれない。スマン!旅行よ!すべては私のせいだ!(笑)

 でも最近の引きこもり生活と、現実逃避でまたムラムラと旅行がしたくなってきた。そんな私が、今魅せられているのはトルコ!
 イギリスに行ったとき、「こんなに面倒くさい海外旅行なんてもう懲りごりだ!ヨーロッパには二度と来ない!」と思っていたけど、最近おじいちゃんからお土産にもらったトルコの写真集を見ていると、「くぅっ、これを見るためなら行きたい・・・」と思ってしまうのです。本当に美しい写真がたくさん。

 大学で受けた中東の授業の先生も、トルコはすごく美しい国だと言っていた。そして、試験に遅れてきた学生が「先生、問題を教えてください」(口頭で出題されたので)と言ったら、「あ~、君にトルコへの行き方を説明しようと思ってたんだよ。トルコに行くにはね、まず・・・」と話し出して、結局全員の思考をストップさせ、試験時間を削ってしまったという、チャーミングな先生だった。トルコはそれほどいいとこなのか!という熱意は伝わった。

 ずいぶん前に見た「タッチ・オブ・スパイス」という映画でも、話の筋や内容はまったく覚えてないくせに、一箇所だけ覚えているところがある。トルコに住む一家が、国外退去を命じられるシーン。
 「国外退去を命じられたとき、トルコ係官から『イスラム教に改宗するなら、ずっとここに住める』と言われた。5秒間迷った。即答できなかった。人生最悪の5秒間だ。神よ・・・お許しください。でも誰だってそうさ。あの街は特別なんだ。世界一美しい街だ。」
 ここだけは、なぜか覚えている。

 そんな憧れのトルコ。
さてさて、すべて無事に片付いて、重い腰を上げるのはいつになることやら・・・。
 

Posted at 20:00 | Anything | COM(5) | TB(0) |
2006.02.13

ばななとさるとやみのなか

 よしもとばななさんの日記が大好きだ。毎日毎日読んで、更新のない日は昔の日記を読んで、次の日パソコンを開いたときに、吉本さんの日記のページからスタートできるように、ページをそのままにしてパソコンを閉じて寝る。好き過ぎだろ、オイ。

 ばななさんの日記のいいところは、たくさんの素敵な人が出てくるところと、チビラくんがかわいいところ。
 そして何よりも、生きていることの幸せとか、周りの人への感謝の気持ちとか、愛とか、自分の器の小ささとか至らなさとか、怒りとか人の悪意とか、人生とか旅とか、人間のちょっと汚い部分とか、そういうすごく大きなものや個人的なことが、とてもシンプルに書かれていることだ。
(もちろん小説では正面からとっくみあってるけど。)

 こういうことを書くと、どうしても大袈裟になったり、政治家かマスコミ調になったり、センチメンタルになったり、哲学者になったり、偉そうな事を書いちゃったり、必要以上に自分をおとしめたり、人と比べてがっかりしたり、感情的になったり、厭世的になったり、極端な考え方をしたり、悲観的過ぎたり・・・。
とにかく!人はこういうことを書くと、往々にしてあふれすぎてしまうものだと思う。文章としても、書いてるときの気持ちにしても。

 でも、ばななさんは日記で、「誰も日記に本当の正直な気持ちを書く人なんていない。私だってそうだ。」と書いていた。ばななさんがどういう意味でこれを書いたのかは分からないけど、これは、そういう大きなこと、言い換えれば、すごく個人的なことを書くことへの決別のことを言ってるんだと、勝手に解釈しました。(ばななさん、ごめんなさい)。

 昔、国語の教科書に、「何かを書くと言うことは、たとえそれがどんなに小さなことであっても、恥をかくことであり、また、責任をしょうことだ」と書いてあった。国語の教科書も、たまにはいいことがのってる。「物書きって大変だなぁ」と当時の私は思ったけど、今や総物書きみたいな時代だ。自分も更新するたびに、恥かいて、責任しょってんのか、と心に留めておくことは大事なことだ。

 なぜこんなことを書いたかというと、ある知り合いのブログが、その子の見てはいけない部分を見てしまった・・・!というようなショックを与えるものだったので。いちブロガーとしてなんとなく思ったこと。

 ネットは、大きな広場でみんながそれぞれにしゃべっているようなとこだから、そこにコミュニケーションがあるにせよ、一人で意見を発信しているにせよ、もちろん自由で、そんなことでいちいち傷つくなよ、自分!と思うのだけど、人の心の闇とか、ぐちゃぐちゃに悩んでることとか、心の中のこと全部書いてんじゃないか?とかを、活字として直接目にするのは、しかもそれが知り合いだったりすることは、なかなか私には慣れないものだ。発展途上ネットユーザーなのか・・・?それでも、そんなことに慣れなくていいっていう自分がしっかりとそこにいるので、途上だろうがなんだろうが構わないのだ!

 って、私こそ今日は個人的なことを感情的に書いちゃってるじゃん。あぁ、サルのように反省します。

 今日の日記の内容はどうでもいいので、よしもとさんのサイトの日記を読んで癒されてください。
 http://www.yoshimotobanana.com/




Posted at 23:54 | Anything | COM(2) | TB(0) |
2006.02.11

Yes!

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 昨日友達とビートルズの「Let it be」の話をしたからか、今日は部屋でずっとビートルズのテープをかけていた。テープ・・・懐かしいですな。今やMDさえも古い時代。昔NHKのFMで、一日中ビートルズとか、一日中サザンとかを、二、三日連続で延々と流すという、楽なんだか大変なんだか分からない企画をよくやっていたけど、今日聴いていたテープもそれを録音したものだ。今聞くと相当音が悪い。中三のとき、塾の帰り道でよく聴いた。当時好きだった曲は、「ジョンとヨーコのバラード」。よく分からんが反抗的な歌詞がかっこいいと思っていた若かりしころ。

  ♪Christ you know it ain't easy
   You know how hard it can be
   The way things are going
   They're gonna crucify me

 大学二年のとき、小野洋子のレポートを書くために美術展へいった。残念ながら、私の乏しい想像力(創造力も)では、理解できないところも多かったが、今でも覚えている、好きな作品が二つある。

 一つは「半分の部屋」。部屋の中の全てのものが何もかも半分なのだ。机も椅子も戸棚も壁の絵も、全部半分。
 そこに完全な姿で物が存在しているように見えるのは、自分の思い込みであって、現実には半分しかないかもしれない。たとえ物事が見た目には完全に見えているように感じても、その本質的なところに関してはまったくの盲目かもしれないと気づく。
 ちょっとしたショックと新しい視点。

 「半分の部屋の中に立つ私を見て、いっそ自分も半分にしてしまったらどうだい?といってきた人がいたけれど、私たちははじめから半分なのです」という彼女の言葉は真実だ。

 そしてもう一つは、かの有名な「Yes Painting」。私はこの作品が大好きだ。はしごを上って、天井を虫眼鏡で覗くと、「Yes」の文字がある。ジョンはこの作品にとても感動したというエピソードが残っているけど、これを見たときほど、Yesという単語のもつ力を感じたことはないかもしれない。それは、全てを包み込んで全肯定してくれるパワーだ。単なる言葉じゃない。
 
 村上春樹のエッセイに、ジョンとヨーコの面白い話があった。ジョンがすごく怒っているという話で、なぜかというと、ジョンは「俺たちビートルズは、女の子をみんなでまわして共有してきたんだ。なのにあいつらはヨーコにだけは手を出さない。それってひどい侮辱じゃないか!」と怒っていたそうである。この話、本当なのかな?本当だとしたら、すごいセックス観だ!平安時代並みだ!!

Posted at 00:22 | Arts | COM(4) | TB(0) |
2006.02.01

愛と笑いの夜

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昨日は、もうすぐ留学する友達の壮行会だった。1年の時からの仲良しの6人が久しぶりに全員集まって、食べて飲んで歌っての夜だった。

気の合う友達と一緒に過ごす時間は、いつだって楽しいものだけど、昨日は特別だった。それは、もうすぐ大好きな友達と会えなくなっちゃうので、センチメンタルになってたってことや、そのせいで逆にすごくはしゃいだっていうレベルから、将来への不安とか友達との別れとかを目の前にして、大人になることに抗えないなって内心思いつつも、未来は明るくて、みんな幸せになるに決まってる!っていう祈りみたいなレベルまで、全部全部、包み込むような、特別な夜だった。

そ・し・て、なぜ、写真が空の写真かというと、昨日の夜に帰宅してから、その友達とメールをしていたら、彼女が「つらいときは空を見上げてね!東京の空もオーストラリアの空もつながってるから!」と言ったからです。ハイッ、ここ感動するところ!(笑)
でも、冗談抜きで私は感動しました!そして、心から、彼女と友達になれてよかったなぁ、向こうに行っても元気でがんばってほしいなぁ、と思ったのです。

しばらく会えなくなるけど、考えてみたらこんなにハッピーな別れはない。人生の中でたくさんの別れがあるんだろうけど、また会えるって決まってて(ええ、決まってるんです)、しかもお互い成長して会えるんだから(これも決まってます、私も成長するって決まってるんです!笑)、他の星の数ほどある悲しい別れに比べたら、へっちゃらさ♪

だから、帰ってきたら、また昨日と同じようにみんなで会おうね。そんで、またカラオケで「長い間」の歌詞の「あなた」をミヤティーの名前に変えて歌っちゃうような、バカなことしようね♪♪

さて、では今から「神はサイコロを振らない」を見ます。このドラマにはまっているオイラ。今日の題は、「10年前、大切だった友達は今もそばにいますか?」です。私たち6人もそうなれるといいなぁ。

・・・うまくまとまりましたね、ウフッ。





Posted at 21:45 | Anything | COM(3) | TB(0) |
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