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2006.03.29

ミステリアス亀太夫

 亀か猫を飼いたい。名前はもう決まっている。亀なら「亀太夫」、猫なら「サチコ」。ついでに犬なら、「犬山さん」。まぁ犬は飼わないと思うが。
 今回は亀の話。ミウちゃんのミッドナイトガーデンで聞いたお話。
 昔の人は、朧月夜には、亀が鳴くと考えていたらしい。しかし、亀には声帯系がない。なので鳴くはずなどないのだ。それでも、昔の人は亀を神聖な動物と考えていたらしく、その鳴き声は経典を読むような声だったという。経典!確かに亀って、正座して経典とか読みそうだ。こういう話を聞くと、神田川に集団でつるんでいるデカ亀たちも、急に風情をまとって見えるから不思議なものだ。亀って実はちょっとミステリアス。ミステリアスな亀太夫。明日からもうちょっと亀に注目してみようと思う。というか、飼いたい。

 ハルコと久しぶりに会ってお昼ごはんを食べる。なんと、うれしいことに誕生日プレゼントをいただいた。すごくかわいい!ありがとう!!お礼に私の巨大かつ不気味なキッスをおくります(笑)
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Posted at 13:07 | Anything | COM(2) | TB(0) |
2006.03.20

カラスのいる小麦畑

goh22.jpg

 「旅行鞄にはなびら」を、ゆっくりゆっくり読む。読み終わってしまうのが惜しいんだもん!ゴッホの絵についてかかれた章が気に入ったので、ゴッホの画集をひっぱりだしてパラパラと見る。

 「カラスのいる小麦畑」はゴッホが自殺をする1ヶ月前に描いた絵だが、真っ黒な空とカラスが、そして他の絵では眩しく穏やかに描かれていた小麦畑までもが、波打つ恐ろしい狂気を含んでいるようだ。黄色と黒の暴力的な色の対比。そして3つに分かれた道。

 「自然が大変美しいとき、私は驚く程の澄んだ気持ちになる期間を経験する。私はもはや自分自身に自信がない、そして絵は夢のように思われる。」

 その時のゴッホの気持ちをぼんやり想像してみる。ゴッホは、自分がこの悲しみと孤独から救われることはもうない、と思ったのかもしれない。それでも、絵の中には、救いがある。夢のような救いがあるかもしれない。そんな気持ちにさせる絵だ。
 ヘンリー・ジェイムズの、「われわれは今暗闇にいる、できることはし尽くした、あとは狂気の文学しかない」 という言葉が頭に浮かぶ。ゴッホ自身の不幸(それが偉業でもあるのだが)は、芸術と人生を統合してしまったことかもしれない。ヘンリーのいうように、狂気のなかに足を踏み入れて、見て、描くしかない。そこからカムバックすることは、たぶん難しい。
 画集の最後は、こう締めくくられている。
「彼は絵の中で世の中の慰安や彼の愛した生命を探した。しかし彼の愛は戻ってくるものではなかった。」
 絵には物語があり、画家にも物語がある。

Posted at 00:01 | Arts | COM(0) | TB(0) |
2006.03.16

未亡人の一年

30702865.jpg

 今、J・アーヴィングの「未亡人の一年」を読んでいる。

 アーヴィングは私の一番好きな作家の中の一人だ。
 彼は根っからのストーリーテラーであり、小説は、たくさんの不幸と救いようのない絶望を抱えながらも、それらのことがまるで何て事ないようにアッケラカンと書かれている。
 別にそれらがオブラートに包んであるわけではなく、レイプはレイプとして、えぐりとられた眼は眼として、死は死として、ちぎられたペニスも近親相姦も交通事故もフェミニスト運動も、全部ありのまま描かれている。「ありのまま」と言うのは不思議なもので、目を背けたくなるほど残酷であると同時に、時にはコミカルでさえあるのだ。人生そのものかもしれない。そういうところが好きだ。

 「未亡人の一年」を読みながら、またしても同じように私は思ってしまうのだ。やれやれ、何もみんながみんな、こんなに不幸じゃなくたっていいんじゃないかな、と。 

Posted at 20:01 | Books and Comics | COM(2) | TB(0) |
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