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2006.08.28

穴に放り込まれるもの

 あまりに体調が悪く、風邪もしつこいくらいに治らないので、思い切って合宿を休むことにした。突然ぽっかりと空いた3日間。何をしているかと言えば、ひたすら寝ている。そして、起きている間は溜まっていた本を読む休日。ついさっきもいくえみ綾の『カズン』を読んで、ぼんちゃんの初恋にキュンとし、「私も恋がしたいワ…」などと中学女子のようなことをひとりごちていたワタクシ。

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 ハードは高いから…と散々迷って買った『オシムの言葉』。本屋で前書きを立ち読みしたことで買う決心がつき、一章を読み終えたところで、この本を読んでいる喜びを越えて、オシム監督がいること自体に感謝したいような気持ちになった。
 「自分の言葉が、語録と称されて注目を浴びていることをどう感じているのか」という質問に対して、オシム監督は、「発言には常に気をつけていることがある。今の世の中、真実そのものを言うことは往々にして危険だ。サッカーも政治も日常生活も、世の真実には辛いことが多すぎる。だから、真実に近いこと、大体真実であろうと思われることを言うようにしているのだ。   言葉はきわめて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しい質問をしているのか。ジェフを応援しているのか。そうでないのか。新聞記者は戦争を始めることが出来る。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある。」
  ~『オシムの言葉』 木村元彦 集英社インターナショナル p.38

 オシム監督の発言はユーモアがありウィットに富んでいる。記者の質問を巧みな比喩で煙に巻く。でもその裏には真実がある。それを表に出すのはあまりに辛いことだから、彼は言葉を巧みに操って隠しているに過ぎない。語録と評される至言の数々も、真実を露呈するのを避けて気遣いや恐怖心や防御のために紡ぎだされた言葉なのだろう。そう考えると、代表監督になってから、メディアがあまりに軽率に彼の発言を扱っているような気がしてならず、メディアはいつでもプロパガンダになりうるという彼流の警告が、ちやほやと取り上げられてしまう皮肉を彼はどう受けとっているのだろう。
 この先、4年後のW杯までに世界で何が待っているかは分からないが、オシム監督が日本に愛想を尽かさず、とどまり続けてくれることを願っている。

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 カポーティの『叶えられた祈り』。『カメレオンのための音楽』の序文を読んで、『叶えられた祈り』は未完、未発表だと思い込んでいたので、今になって出版されたことにとても驚いた。
 『冷血』の成功以降、そのあまりの成功に、次の作品が全く書けなくなってしまい、ドラッグと酒に溺れ、「今、私は大作を書き上げている最中なんだ!」とそこら中に言いまくり、結局は死んでしまったカポーティ。「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りのうえにより多くの涙が流される」という聖テレサからの引用は、カポーティ自身のことのように思える。『冷血』の完成は叶えられた祈り、でもその名声ゆえに、その後の彼は、それ以上の作品を、ともがき続けなくてはいけなくなった。

 『叶えられた祈り』は、時間軸も話の飛び方もめちゃくちゃで、ゲイとレズビアンが登場人物の大半を占め、みんな頭がちょっとおかしく、でもなんだか永遠を求めるような、歪んだ純粋さを感じさせる人たちばかりが出てくる。そしてそれらの大半の人たちは、現実の人物である。
 最後の『ラ・コート・バスク』なんて、有名人のスキャンダルや目も当てられないような醜い秘密が次から次へと飛び出すゴシップ小説にすぎないのに、その歴史に名を残した一角の人物たちが、まるでそのレストラン、ラ・コート・バスクに、永遠に閉じ込められてしまったかのような悲しみさえ覚える。カポーティの晩年の、刹那の快楽やその下にある苦しみが、そのまま出てくる人物たちに投影されているかのようだった。

 ろくでもない小説だったし、セレブのゴシップという遠い世界の話だけれど、誰もが知っている悲しみや逃れようのない孤独や、見捨てられまい、忘れられまいとする必死さや虚しさが、崩壊した話の中にぎゅうぎゅうに押し込まれていて、破裂しそうだった。
 とはいっても、結局は私はカポーティの愛読者なので、彼の名を冠していればどんなものでも一定の敬意を払うに違いなく、やはり避けては通れない小説だったと思う。

 この他にも何冊か、読んでいない本が待機している。でも、それはまた一眠りしてから。なんといってもあと2日はゆっくり休めるのだから。 
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Posted at 18:47 | Books and Comics | COM(2) | TB(0) |
2006.08.24

やさしいきもち

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 細木和子の六星占術で、今まで自分は天王星人だと思っていたが、改めてやったら土星人だった。どおりで当たっていなかったわけだ。大学生にもなって足し算間違いという凡ミス。
 
 高校野球が終わると、夏の終わりという感じがひしひしとしてくる。ビールもちょっと抜けたように感じる。それにしても今年の高校野球は素晴らしく、最後は激闘熱投で感動すらいたしました。

 再試合が決まって、翌日も実力拮抗の白熱試合になるだろうということが予想される中で、誰もが口にしたのは、「最後は気持ちの勝負」ということだった。
 「気持ちで負けない」ということは、要は自分に負けない、自分を信じるということで、これは相手を倒すことよりもずっとずっと難しいことだと思う。ほんの少しの甘えや諦めや自信のなさが、ブラックホールのようにたくさんの不安や悪い考えを吸い寄せるからだ。
 自分を信じること、自分に自信を持つこと、自分じゃなくてもいい、監督でも、チームメイトでも何かを信じてそれに絶対の揺らぎない自信を持つこと。これを計るなんて出来ないが、むしろ計る必要なんてないくらい、その結果は忠実にその後の自分に帰ってくるものだ。後悔や後味の悪さが残ってしまったら、それは推して計るべしだが、たとえ試合に負けたとしても、信じることが出来ていたなら「気持ちの勝ち負け」は決められないし、結果がどうでも次に進める。だから田中くんも、あんなにすがすがしい笑顔で北海道に帰っていったのだろう。

 日本の最南端の島から出場した八重山商工の選手は、甲子園の空を見るたび、石垣島の空とつながっていると感じていたそうだ。
 甲子園で飛んでいくボールの背景に映る空を見る度に、宮地が留学するときに、「つらくなったら空を見上げてね!オーストラリアの空も東京の空もつながってるから」と言ってくれたことを思い出した。そのとき精神的にがけっぷちにいた私には、その言葉がとても心強かったし、もうそのがっぷちからは遠のいた今となっても、やっぱりその言葉を思い出すと、宮地のあまりの優しさに泣きそうになる。
 会えばバカな話しかしてこなかった間柄で、こんなことを言うのは宮地としてもたいそう恥ずかしかったことだろうと胸中察するのだが、いきなり深刻にもならず、いきなり得意にアドバイスをしたりなんかもせず、いきなり同情したりもせず、サバサバと、でも相当デリケートに扱ってくれて、最後にただシンプルに励ましてくれたことが本当に嬉しかった。

 テレビで球児と一緒にボールを目で追いながらも、飛び込んでくる高く青い空に、宮地の太陽みたいな笑顔と優しい気持ちを思い出すのです。
 そしてどこまでもバカができる私たちですもの、焼肉屋へ行く度にカルビを食べて「死んでもいい」と言い合った暴食の夜のことを、図書館で勉強する度に「刑訴の単位が買えるとしたらいくら払う?」などとリアルに夢想したことを、思い出したりももちろんいたします。

Posted at 01:23 | Anything | COM(5) | TB(0) |
2006.08.17

ハコさんの次にガチャピン

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 えりちゃんの魔法の手で治ったはずの風邪。だが、病み上がりでバイトに行ったら、風邪をぶり返した馬鹿はワタクシ。夜中にうんうん唸りながらも、寝付くまで森山直太郎くんのラジオを聴く。森山くんのラジオは本当にくだらなく、そしてとても面白い。

 ラジオの中で敬愛する山崎ハコさんのお話が出てきた。

 なんでも、森山くんは渡辺えり子さんの舞台に出ることになって、そこで『風になって』を歌うはずだったらしい。その舞台は、エチュードではないんだけれど、そういう即興性みたいなものを大事にしていこうという趣旨で行うことになっていたそうだ。
 しかし、森山くんは、その舞台のリハや本番で出番を待っている間に、どんどん『風になって』ではなくて『しまった生まれてきちまった』を歌いたくなってしまったらしい。歌いたい衝動に従う、それこそが即興性ではないのか?そうえり子さんに提案すると、「気持ちはわかる。でもここは『風になって』を歌って。」と言われてしまった。
 でも森山くんは、歌い手としてここは譲れない、俺は『しまった生まれてきちまった』が今歌いたいし、この舞台にはそっちの方がふさわしいと思い、そばにいた山崎ハコさんに、「ハコさん、俺は違う歌を歌います。なぜならうんぬん」という事を宣言したらしい。

 するとハコさんは、しばらく考えてから、「森山くん、ここは『風になって』を歌った方がいいよ。」と言った。森山くんは正直ちぇっとなったらしいが、ハコさんが後からまたやってきて、「森山くん、同じ歌い手として、歌う気持ちを犠牲にしちゃだめだって気持ちは分かるけど、でも、森山くんは、人じゃなくて、神になって『風になって』を歌えばいいんだよ。」と言ったそうだ。それでハッとした森山くんは、予定通り『風になって』を歌い、歌っているときの記憶がないほどまっさらな気持ちで歌えたそうだ。ハコさん…!!
 
 歌い手が、歌いたい気持ちを犠牲にして仕事として片付け始めたら、それはもう純粋な意味での歌い手ではなくなってしまうのだろうし、そんな人の歌が人の心を打つかといえば、そんなパワーはきっとないとも思う。だから、森山くんが、そこは譲れない、踏みとどまってやる、と思うことは、歌い手としてすごく真摯だと思うが、そんな人ひとりのちっぽけなプライドを、ふわりと乗り越えてしまうハコさんの発想の素晴らしさよ。
 私の生まれるずっと前から歌い続けているハコさんが、今でも透明感を失わずにいるのは、そんな考え方のおかげなのかもしれない。自分のためにとか、何かのためにとかをはるか越えた歌が、風になって小さな小さな私たちに届くのだ。

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 そしてさっきも、ぜいぜい言いながら寝ていると、ラジオでガチャピンのブログが紹介されていた。ガチャピン!!いまやガチャピンまでブログをもってるのです。
 驚いたのは14日(月)の記事。あの大停電が起こった日のことだ。あの日、私はといえば、前日えりちゃんと遊び、朝は9時過ぎまでぐうぐうと寝ていて、停電を知ったのもえりちゃんママからのメールでというテイタラク。人間の私がこんな始末なのにもかかわらず、恐竜の子どものガチャピンはといえば…。
 「朝みんなからのカキコミを見ていたら、突然バチッ!ってパソコンが消えちゃって(パソコンがなくなったんじゃないよ)なにがなんだかわからなくなっちゃって、パニックになっちゃったんだ。プロデューサーさんが「また壊したの!」って怒っている顔が浮かんだり、ブログができなくなっちゃうーとか、いろんな心配してドキドキしてたんだけど、結局停電だってことがわかって、ちょっとホッとしたんだ。でも信号機は消えちゃってるし、ゆりかもめも止まっちゃってるし、こんな大停電ははじめて!みんなは大丈夫だった?」  http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/2006/08/2006814.html

 負けた…ガチャピンに負けた…。こんな時事的なことまでおさえている素晴らしき恐竜、ガチャピン。朝は9時前に起きて、パソコンをやっているガチャピン。そんなガチャピンを、みんなも応援しよう。いや、ガチャピンに負けている私を、誰か応援してください。

Posted at 19:12 | Music | COM(3) | TB(0) |
2006.08.12

雨だろうが雷だろうが

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 父が仕事で東京に来たので、私と妹と銀座の魚屋一丁で晩メシ。考えてみれば、成人してからこのかた、父と外でお酒を飲むのは初めてだ。娘たちが家を出てからの母の作る食事は、かなりのヘルシー志向らしく、しきりに「から揚げを半年食べていない」だの、「菜園でできる野菜ばっかり食べてる」だのと言いながら、つまみをオーダーしていた。
 私と妹はといえば、久しぶりのしっかりとしたゴハンに、腹15分目、つまりは限界越えまで食べまくった。何はともあれ、こうして一緒に楽しくご飯が食べられるようになったのはすごい進歩で、もうそろそろ分かり合える時に来ているはずだという、良い兆しが見えて嬉しかった。

 今日、テレビを見ていたらアンジェラ・アキが出ていた。なんとなく大人しい人のようなイメージだったのだが、実際はといえば、阿波弁で、和食と生ビールを好み、勝負服は女子と遊ぶ時に着て、デートはTシャツという、かなりカッコイイ姐さんだった。
 見た目がリサ・ローブに似てますよね?眼鏡のせいもあるかもしれないけど。ちょ~美人っす。

 今朝、天気予報で「にわか雨があり、どしゃぶりになりそうです。」と言っていたので、用心して折り畳み傘を持ってバイトに行ったのだが、昼には帰ってきたので雨に降られることはなかった。
 その後、ベッドで爆睡し、また夜から別のバイトに行ったのだが、そこで奥さんに、「今日の雨すごかったねー!すごい雷だったよねー!!」と言われ、キョトン顔(by魔邪)になった。「え?雨?いつですか?」と言うと、ものすごく驚かれ、「ついさっきじゃん!」という突っ込みをくらった。
 「寝ていたので全然気づきませんでした。」というと、あの雷でも起きなかったのか…、あの雨を知らない人がいたのか…みたいな顔に、その場にいた全員がなっていて、慌てて「あ、そういえば雷の音をきいたかもしれません!」と言ったがもはや遅く、誰にも信じてもらえなかった。さらに恥ずかしいことに、私はまだその「にわか雨」が来ていないと思っていたので、帰りに雨に降られないように折り畳み傘までばっちり持ってきていたのだったが、さすがにそれは言えなかった。

 でもさ~、本当に雨なんて降りました? 

Posted at 22:46 | Anything | COM(2) | TB(0) |
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