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2007.05.28

感情労働のご時世

 今週号のアエラに興味深い記事が載っていた。『「感情労働」時代の過酷』。
 
 「感情労働」とは、「肉体労働」や「頭脳労働」と並ぶ言葉で、人間を相手とするために高度な感情コントロールが必要とされる仕事のことだそうだ。1980年代に、アメリカの社会学者が、当時の航空会社の客室乗務員の労働実態を、典型的な「感情労働」であり、「感情の搾取」に当たると指摘したことから広まった用語らしい。そして、この「感情労働」がここへきてさまざまな職種に広がっているというのだ。
 常識破りの保護者サマを相手にしなければならない教師や、介護を押し付ける患者サマやその家族サマの相手をする看護士、むちゃくちゃなお客サマのクレーム処理など、あらゆる職種で過酷な感情労働が求められている。

 なぜなのか?
 モノがあふれ過ぎ、差異を生み出すのはサービスに依るところが大きい超消費社会の現代。そこでは、消費者は、「消費者が丁寧に扱われることがサービスの最低基準だ」という歪んだ権利意識を共有している。その間違った権利意識が、消費者の甘えを引き起こしているのだそうだ。そこに杭を打つわけでもなく、むしろ感情労働を強いることで消費者を一層のけぞらせているのが今の実態なのだ。それがまかり通っていること自体、全員がその歪んだ幻想に麻痺してるのだろう。

 大学の哲学の授業で、「21世紀のリーディング産業は間違いなく医療だが、そこには医療が産業と化してしまったという根本問題が内在している」というようなことをやった。そういう医療や教育の分野に、このようなサービス産業化した構図が持ち込まれることの弊害のひとつが、この過酷な感情労働なのだろう。

 モノはお金で買えるけど、感情もお金で切り売りしなくてはいけない時代が来ているようだ。現にコンビニでも、マニュアル化した感情って売ってるもんね。
 消費者の良識といっても、学校の保護者や介護老人を抱えた家族もこの消費者にあたるとすれば、もう何かをするすべての場面において、われわれは「消費者」なのだ。でも、その一部の人たちに横暴があり、それがまかり通ることで、それが当然だ、あるいは仕方がないんだと、消費者側にも生産者側にも共通意識が生まれてしまう。それを見て育つ子どもにも、負のサイクルが受け継がれる。
 
 こんなことだから、安部さんが教育改革で「早寝早起き」とか言い出しちゃうんだな、きっと。とにかく、人の品性の根幹を支える常識力が低下していることには、抜本的な解決は図れないと考えるのも、無理ないよ、安部さん。

 でも、一言言わせていただくなら、

 生きづらい、生きづらいよ!!!
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Posted at 16:53 | Anything | COM(6) | TB(0) |
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