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2008.11.20

最近読んだ本のことなど

最近読んだ本のことなど。
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 まずは、大好きなたかぎなおこさんの新刊『愛しのローカルごはん旅』。旅好き、ごはん好き、特にB級グルメ好きにはたまらない1冊。
 この本の最初にでてくるローカルごはんは、富士宮の焼きそばだったのですが、偶然にもこの本を買う前日に富士宮の焼きそばを食していた私!ミラクルです(?)。埼玉や浅草など、近場のローカルごはんが載っているところも魅力です。
 また、私が過去の国内旅行で、いろんな意味でもっとも衝撃を受けた魔都・名古屋。ここのローカルごはんの破壊力(ごはんだけじゃないけど)は、最近でも少しも色あせていないことがこの本から判明し、「こわいこわい」といいながらもお化け屋敷に足を運んでしまう小学生よろしく、また名古屋を体験してみたくなりました。あ、名古屋は大好きなんですよ、まじで。

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 けっこう前に出版された本なのに、また注目されているらしく図書館でもなかなか借りれなかった本。現代人がいかに自分のこころをもてあましているかが、わかりやすく書かれている。もっと素直に、相手の気持ちになって考えよう、というなんとも耳障りのよいもっともな言葉は、昨今よく言われることだけれど、「そもそも気持ちって何だよ?」ということから掘り起こしていく一冊。

 さてそこで、大人が自分の気持ちに気づくための練習問題を、まずは一問。
 「あなたがこの2、3日感じていることは?」
 日常生活での会話は、「ああしたこうした」ということは語るけれど、意外に自分の気持ちまでは話していない。子どもとしゃべるときも、大人は「今日学校で何をしたの?」とか聞きますよね。そういう時、ただ事実を羅列しただけで、お互いに分かったつもりでいることが多い。事実でなく、それをうけて自分はこう感じたというところにまで目を向けてみると、自分の中にどんな感情が沸き起こりやすいのか、どんな「感じの傾向」があるのかに気づくことができる。
 また、この設問に対して、答えがなかなか出てこない人は、日ごろから自分の感情を押さえ込みがちだということがわかる。ときどき、「自分はどんなことを考えながら生きているのかな」ということを振り返ってみると、自分らしさや生き生きとした感情を実感できるようになります。
 このほかにも、「あなたが楽しいと感じるのはどんなとき?」「最近きれいだと思ったことは?」「怒りを感じるのはどんなとき?」という質問もある。ちなみに私は、これらの質問に対してパッと答えが浮かんできませんでした。普段どれだけ感情というものに(自分のだけでなく、おそらく周りの感情にも)鈍感に生きているかということに気づかされます。どんよりと灰色の泥の中に沈むように生きるのでなく、みずみずしい果物のような発色を放って生きたいものです。
 
 「気持ち」と「考え」、共感するということについて。普段私たちが何気なくやっていることが、実は感情をより鈍くする営みのひとつであるという指摘。
 「もし自分が嫌われていると感じたらどのようなことを感じますか?」という質問に対して、多くの人は「自分のどこが悪いのか考える」と原因を追究したり、「さっさと忘れる」「気にしない気にしない、と思う」などの対処法をあげます。でもこれは感情や気持ちではない。感情を感じないままにすごすための方法であって、それが結果として感情を抑え付けることになってしまう。
 普通なら、人から嫌われているかもと感じたとき、そうやって考える前にもっと一瞬、不安や寂しさや怒りなど、ドロドロしたマイナスの感情がわいてくるはずだ。でも、こういうネガティブな感情が、昨今の肥大化したポジティブ信仰のもと、不格好に抑え込まれているきらいがあるという。このネガの感情を感じること抜きにして、果たして「共感」なんて可能なのだろうか?
 たいていの大人は、「嫌われているかも」という不安を、「気にしない」という対策や「自分のどこが悪いのかを考える」というというように知的に処理をして、不愉快な気持ちにとらわれすぎないようにする方法を編み出している。でも、ネガな気持ち、落ち込みや怒り、悲しみ、がっかり感までもが、人から、自分から、しっかり扱ってもらうことなく、抑え込まれてはいないだろうか―。
 
 平易な言葉で語りかけるこの本を読みながら、「感情に鈍感になることは、社会から自分を守るために身につけなければならない術だ」ということが、知らずのうちに染み付いていたことを思い知らされた。少しだけ自分を振り返って、心のトゲトゲにも恐れずに目を向けようと思った。すると逆に、日常の小さな出来事、たとえば今日は昨日より日差しがあたたかいとか、ごはんの炊ける甘い匂いとか、そういう小さなことに喜びや幸せを感じられるような気がするから不思議だ。

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 図書館にル・クレジオの特設コーナーができていたので、手にとった本。昔、名画座で見た『フリーダ』という映画が衝撃的で、それ以来いつかフリーダの伝記が読みたいと思っていたので、いい機会だと思い借りてきた。
 内容に関係ないけどまずは一言。これはル・クレジオの書き方がこうなのか、フランス語を日本語に訳すとこういう感じにならざるを得ないのか、どちらか分からないけれど、とりあえず文章が読みづらい。大江健三郎を読んでいるみたいにややこしい!でも、エピソードはどれも鮮烈。
 フリーダの生涯はおおむね映画で見たとおり。だからあの映画はとてもよくできていたんだと思う。もう一冊、『フリーダ・カーロ 引き裂かれた自画像』という本も読んだが、映画がもたらしてくれた以上の衝撃を与えてくれることはなかった。というのも、はじめの衝撃がすごすぎたからかもしれないけど。というか、彼女のドラマチックな生涯をもってしても、絵の与える衝撃にはとてもかなわないから。・・・というのは画家にとって賛辞なのだろうか。そうでしょう、間違いなく。

 フリーダの絵は、なんつうか、ものすごい。素通りできないものがある。目を背けたくなるというか、正直見たくないと私は思うけど、絶対に忘れられない絵をかく。たとえば部屋でパーティがあって、談笑する人々がいる。そこにはフリーダの絵があって、その絵を見た瞬間誰もが一瞬凍りつくけど、その後はすぐ暗黙の了解のように皆、まるで何も見なかったかのようにまた話し始める。でも穏やかな笑顔や陽気な笑い声の下で、誰もがその絵に心をとらわれ続けている。そんな絵だ。

 『引き裂かれた自画像』のほうで、巻末に横尾忠則と筆者の対談が収められていた。そこで、横尾さんは、「あの絵は真の芸術だ。人の見たくない部分にストレートに斬りこんでくるからだ。むき出しの自分や醜さと向き合わなければならない。その勇気が見る側に必要とされる絵で、それを見なかったふりをする奴はうわべだけの奴だ」みたいなことを話していたけど(記憶があいまいなのでざっくりとですが)、「ふーん、そんなもんかな。」という感じだ。確かにそうかもしれない。でも、私は間違いなくフェルメールの絵のほうが好きだ。
 こないだフェルメールの絵を見に行ったけど、「この絵なら部屋にかけたい、毎日眺めたい」と思った。でもフリーダの絵は部屋にかけたくない。歌手のマドンナは、フリーダの有名な絵を所有していて、家にやってきた人が目に付く場所にかけているらしい。それで、その絵を踏み絵代わりにしていて、絵を見なかったふりをする人とは信用できないからと仕事をしたり付き合ったりしないんだそうだ。それくらいショッキングな絵なのだ。でも、私はマドンナだろうがなんだろうが、あれを毎日眺めて過ごしたいとは思わない。身が切り裂かれ血がにじみ、心臓を手に持ち、股間から自分の自画像が顔をだしているような絵こそが真の芸術だというのも、分からなくはない。でも、私が求めているのは窓から差し込む穏やかな光なのだ。誰かに手紙を書いたり、楽器を奏でたりする、そんなささやかなひと時なのだ。
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Posted at 22:48 | Books and Comics | COM(0) | TB(0) |
2008.11.08

渓谷ハイキング

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 こないだ地元に帰った時に、近くの渓谷にハイキングに行ってきました。ここの渓谷は地図にものっていないという秘境・・・。48の滝が流れ、紅葉だけでなく四季折々美しい景色を見せてくれる渓谷です。
 山頂までは約2時間のハイキング。比較的穏やかな傾斜で、山道は落ち葉のクッションが敷き詰められたかのよう。とっても歩きやすいです。
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 あぁ、山の秋・・・!!!紅葉はまだらですが、今年はこんなもんかもな~。今年は暖かかったせいか、桜の木やケヤキの木の葉が、紅葉する前に落ち始めている。染まっていても、まだらでお世辞にも美しいとはいえませぬ。下の左写真が今年、右写真は一昨年の渓谷での紅葉です。一昨年はすごくきれいだったなぁ。燃えるような赤でしたね。
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 2時間でいくはずのところを、途中でさんざん写真を撮りまくって遊んでいたために、2時間半かかって山頂に到着。山頂には癒しの存在、お蕎麦屋さんがあります。もちろん、食べます。もちろん、うまいです。左はてんぷらそば、右はけんちんうどん付き。
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 来週、また埼玉県の飯能に行き、蕎麦打ちをやる予定なので、ここで蕎麦打ちをしているおばちゃんに突撃インタビューを決行、蕎麦打ちのコツを聞いてきました。お湯の温度、量、混ぜ方を中心に、蕎麦を器用に打ちながら丁寧に答えてくれるおばちゃん・・・。なんてええ人や!!
 まわりで一緒に見ていたおっちゃんたちは、なぜ自分たちでやるとうまくいかないのかということをこそこそと話していて、それを横でこっそり聞きながら、同じ轍は踏まぬようにしようとひそかに心に誓いました。蕎麦は本当においしかった。かなりコシのある蕎麦で、天ぷらとも好相性です。

 往路はのぼりにもかかわらず、周りの景色を楽しみながら上ってきたので、それほどきついとも思わなかったけれど、下りの復路は逆に足もとに細心の注意を払わねばならず、周りの景色を見ている余裕は一切なし。ひたすら、もくもくと、足を前に運びます。その代わりと言ってはなんですが、木の実をみつけたり、きれいな色の葉っぱを拾ったり、植物を観察したりしました。視線が下ってことですね。
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 この松ぼっくりは赤松ぼっくりなので、まつたけがでます。探しましたが、当然のごとくみつかりません。

足の倍くらいもある朴葉、カタクリ、あざみ?、水芭蕉。 
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 山登りは上りよりも下りのほうがきつく、足がガクガクになりました。帰りに温泉にも寄り道。
 渓谷には2年ぶりに行ったのですが変わらずきれいで、たくさんの植物を見ながら、今度は春にまた来たいなと思いました。楽しかった~!
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Posted at 01:13 | travel | COM(0) | TB(0) |
2008.11.02

高橋尚子さんのこと

 NHKのニュースに、高橋尚子さんが生出演。
 私が大好きだった選手。初めて見たバンコクのマラソンで、なんてきれいなフォームで走る人だろうと驚いた。シドニーのとき、なんて楽しそうに走る人だろうと驚いた。

 でも、私が高橋選手を本当に好きになったのは、あの東京国際マラソンで失速してしまってから。アテネの選考も兼ねていたレースで、まさかの2位。アテネを逃し、小出監督のもとを離れた。コーチをつけず、すべてを自分で管理して練習するという決断は、そうとう重かったはずだ。この人についていけば大丈夫、と信じられる人がいなくなってしまったことは、精神的にもダメージが大きかっただろう。
 今でも小出監督とのことはいろいろといわれているけど、私はなんとなくわかる気がする。ずっと監督を信じてやってきたけど、アテネには行けなかった。信じていなければ、自分を限界のその向こうまで追い込むなんてことはできないだろう。一度でも不信感がかすめるようになってきてしまったら、もうその人にすべてを委ねられるほど、自分を追い込むことさえできなくなる。信じられないことは、自分の弱さだ。監督の実力のなさでは決してなく、自分が監督に疑いを持ってしまったからその人の指導にのめりこめない、心酔できない。のめりこめないということは、集中していないこと。それは、成績として自分自身にかえってくる。Qちゃんはどう思っていたのか分からないけど、私だったらきっとそんな風に感じちゃうだろうな。

 その翌年、おなじ東京国際マラソンで優勝した。インタビューで語った言葉。「私の時計は、一年前のあのレースで止まってしまった。止まってしまった時計を、もう一度動かしたかった。」
 自分と同じように、立ち直れないような失敗に落ち込んでいる人、夢をあきらめてしまった人、何かに苦しんで希望を持てなくなっている人。そんな人たちに、私の走りを見せたい。あきらめずに頑張れば、きっと夢はかなうんだということを見せたい。止まってしまった時計を、私が動かしたい。
 そんな力強いメッセージを、彼女の走りからもらうことができた。一歩一歩、時を刻むように足を踏み出す。こんな人になりたい、と私も思った。今でも、目の前に壁が立ちふさがっているように感じる時には、Qちゃんの走りを思い出す。辛くても苦しくても、自分の走りで人を元気づけたい、勇気づけたいと思えること。それが、自分の強さになるんだ。

 Qちゃん、今までお疲れ様でした。そして、ありがとう。その細い足に、どれだけの期待と希望を背負ってくれたんだろう。その走りに何度も勇気づけられ、救われた人がここにいます。いつか、一緒に走れるといいなぁ。

 ・・・巨人が、延長の末勝ったもよう!!ウシッ。

Posted at 22:41 | Anything | COM(0) | TB(0) |
2008.11.01

高尾山ハイキング

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 連休初日。友達と高尾山に登ってきました。紅葉にはちょっと早かったけれど、お天気にも恵まれてなんだか遠足気分です。

 10時に駅に集合し、さっそく登りはじめます。ひさしぶりに会った友達とおしゃべりしながら、えっさほいさと登っていきます。
 しかし、登り始めてはわずか10分。そのあまりの道の急さに、早くもぜぇぜぇと息があがってくる始末。さすがに連休ともあって、高尾山はなかなかの人手で、私たちの近くには常にオレンジのバンダナを巻いたボーイスカウトらしき子供集団がいました。私たちのペースはどう頑張ってもこの子供たちと同じペース・・・。登っても登っても、ちょいと休憩しようと足を止めると、いつも必ずその近くにオレンジバンダナ集団が腰をおろしてわらわらしています。「私たち、大人なのにね・・・子供と同じペースってことか・・・」と、普段の運動不足を実感しました。
 
 8合目あたりで、焼き団子を売っているお店に引っ掛かり、二人で団子を半分こ。この団子がめちゃうま!!!!香ばしく焼いたごくごく普通の団子に、甘辛味噌をささっとぬったものですが、高見台からながめる雄大な景色を前にして、団子のことしか口にしない私たち。景色より団子、こんなところは信じられないほど気が合う二人です。
 リフトの到着駅までのぼりきると、あとは薬王院やお店をぶらぶら見ながら歩いているとあっという間に頂上に到着します。最後のちょっときつい階段を上っているとき、どちらともなく「山登ってさぁ、頂上ついて飲むビールって絶対おいしいよね」という話になり、「それいいね。やろう」とまたしても一致。オヤジ並みに、節目節目にビールを挟もうとする私たち。こんなところでも気が合います。

 頂上はお昼時ということもあって、すごい人でした。頂上からぼんやりした富士山を拝み、関東平野を眺めます。ここまで頑張って登ってきたこともあって、感慨もひとしお・・・かと思いきや、そうではなく、すぐさま「さっ、ビール買いにいこ」といそいそと売店へ向かいます。景色よりビール。団子のデジャヴではありません。

 ビールで乾杯し、お弁当を食べてほのぼのします。きれいな空気、自然、体を動かすこと。気持ちを解き放って、リラックスできる。こういう休みっていいよね、と幸せ度数も急上昇です。

 さて復路。地図を見る限り、いろいろなコースがあるのですが、私たちは6号路をすすんでいるつもりでいつのまにか稲荷山コースを進んでいました。これがまたけっこうなコースで、とにかく足場が悪い。木の根っこがうねうねとある上に、岩がごつごつ突き出している道がずっと続きます。しかし途中の高台で、この日一番の景色を拝むことができました!どこよりも開けた視界から眺める関東平野は格別で、ビルが立ち並ぶ新宿や横浜も、ここからだと本当にちっぽけに見えます。
 
 山をおりたときには、二人とも足がガクガク。私は足の裏に鈍い痛みを感じ、友達は股関節に痛みを感じていたらしい。けっこうな疲労感ですが、すがすがしい疲労感でもあります。
 
 そして、山をのぼっているときに盛り上がったホルモン焼きの話のせいで、どうしてもホルモンが食べたくなり、帰りに新宿でホルモンをしこたま食べて帰ってきました。友達お勧めの丸腸にも初挑戦。脂身がとろっと溶けておいしかった~!日本酒もたっぷり飲んで、ほろ酔いで帰宅。
 秋はやっぱりこうでなきゃ!!・・・ってどうでなきゃなのかよく分かりませんが、すごく楽しい一日でした。
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Posted at 23:00 | travel | COM(0) | TB(0) |
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