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2008.12.29

メリクリ&ハッピーニューイヤー

 昨日は、大学のときの仲良し5人で飲み会。集まるのは約一年ぶりです。場所はまたしてもホーム、高田馬場。

 まずは、暇な3人で昼間から集まり、スケートへ。私はスケートは初だったのですが、「浅田真央ばりの才能があるかもね~」ってな感じで、自分の眠っている(はずの)ポテンシャルに大きな期待を寄せます。しかし、どうやらそんなものはなかった模様。転びこそしませんでしたが、手すりから離れられずにすべること30分。その後、なんとか一人で滑れるようになりましたが、たまに後ろにつんのめりそうになるのが本当にこわい。滑り方が良くわからず、絶対このまま長く滑ったら足首が炎症起こします!というくらい、足首に変な負担をかけながら滑っていました。一緒に行った友達のうち、一人はスイスイ滑れるのですが、私ともう一人はヨチヨチヨロヨロ組。楽しいんだけど、もくもくと真剣に滑っているので、遊びというよりもはやストイックな練習。「練習に飽きた~」球児よろしく、一時間半で引き上げました。

 そして、高田馬場といったらラーメンでしょう!たいして運動していないくせに、腹のすき具合だけはいっちょまえです。私が前から行きたかった「純蓮」がちょうど通り道にあったので、多少の良心の呵責を感じつつ門をくぐりました。食べたのは味噌ラーメンなのですが、これが超おいしい!デラックス、といえるくらい濃いスープが、太めの麺にしっかりからまり美味!チャーシューもたっぷりで、普通盛りでこれなら、チャーシュー麺はどれほどチャーシューがのっているんだろう、とこわくなりました。
 
 その後、ビッグボックスで友達への誕生日プレゼントを買ったり、連れが明日デートに来ていく服をトータルコーディネートしたり(ビックボックスでね)、自分でチュニックを衝動買いしたりして、結構本気でお買い物をしました。

 そして、約束の18時。ラーメンで満たされた腹と物欲が満たされた心を抱え、お店へ向かいます。久しぶりに再開した友達と楽しいおしゃべり、おいしいご飯、おいしいお酒!!ええ、余裕で食べましたし、ワインをほぼ2人で2本あけちゃいました。そのうちの一人は私なんですが、もう一人は、なんと毎日ワイン1本あけるか、ビール6缶(!)あけるかしてる酒豪博多っ子。そのうち、このメンバーで集まり、はじめの会話が健康の話・・・なんて、そんな日も近いかもしれません。
 その後、カラオケになだれ込み、超ノリノリでパフュームを熱唱。ミヤチさんのソリッドなダンスが忘れられません(笑)。あの瞬間、あーちゃんものっちもかしゆかよりも輝いていたよ、ミヤチさん!!歌にあわせてプレゼント交換をしたり、全員で合唱したりして、あんなに笑ったのは最近ないっていうくらい楽しく過ごしました。やっぱり、あのメンバーで会っているのが、すごく落ち着くなぁ。しゃべっていることとか、全然変わっていないから、年をとっているのが不思議な気分になるくらい。

 そんなわけで、すごく楽しい一日を過ごさせていただきました。今年もあとわずかですが、もはや思い残すことはありません!また来年も、がんばろうー!!
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Posted at 23:34 | Anything | COM(0) | TB(0) |
2008.12.25

高尾山、再び

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 12月23日、またまた高尾山に行ってきました。本当は、日比谷公会堂でクリスマスコンサートのはずだったのが、チケットをとれずに断念。そのかわり、どこかすいているところで遊ぼうということで、なぜか高尾山。自然を求めているんです!冬山なんてこわくないんです!「無知は力なり」、そう実感した道中でした。

 無知は力なり、これが何を意味しているのかというと、実は前日の夜、高尾山では雪が降ったらしく、そこかしこに雪が積もっていました。とはいっても上り始めたときは快晴だったので、雪が残っていることなど気にも留めず、「晴れてよかったね~」と言いつつ歩いていました。しかし、その快晴ゆえの日差しが、仇になったのです!
 木に積もった雪が、日差しで溶けてポタポタ頭上から落ちてくる・・・。まるで、雨のように。晴れているのに、雨。こんな落とし穴があったとは、うかつでした。

 そして、足元のぬかるむことぬかるむこと!上りは6号路を歩いたのですが、ここは、表参道とは違い、山道を分け入っていく自然豊かなコースなので、その足元はかなり不安定です。靴下にいつ水がしみこんでくるのかと、不安で仕方がありませんでした。
 
 そんなこんなで山頂に到着。信じられないかもしれませんが、結構人がたくさんいました。お肉を焼いたり、酒盛りをしたり、忘年会もどきなことをやっている人たちもいて、その温度差(寒暖さ?)にしばし圧倒されました。私たちもお弁当を広げましたが、これが寒い!汗が冷えて余計寒い!!お弁当自体も冷えている!!秋は外でお弁当を食べるのがすごく気持ちよかったけれど、冬はお弁当持参ではなくて、山頂のお店の中でうどんとかをすするのが一番いいな、と思いました。

 下りはぬかるみが危ないから、自然道をいくのはやめて、舗装されている表参道コースを歩こう、ということになり、出発します。さっきまでの上りとはうってかわって、楽勝モードの私たち。途中で、前回も食べたくるみ味噌団子をまた食べ(昼食の直後なのにね)、美味しさに身もだえ。足取りも軽く、「このままなら、あと一周だってできそうじゃーん!」と、ナメくさったことを言っているから、こういうことになるのです。
 そう、金比羅台で東京のまちを眼下に眺めた後、私たちには二つの道が用意されていました。右には「京王線高尾山口駅まで1.○km」、そして左には「JR高尾駅まで2.2km」の看板。「まだまだいけるぜ!」と少々お鼻が伸びていた私たち(天狗、の意)は、左を選択。まったく、世の中で調子に乗ってしまった若者ほど手におえないものはありません。
 ここからがおそろしや。時は冬、木から落ちた落ち葉が道を覆いつくしており、足がその中に埋もれてしまう。落ち葉が深すぎて、下に岩があっても気づかず、その上に不安定に着地してしまいあやうく転びそうになる。落ち葉がところどころ雪解け水でぬれており、油断するとつるっと滑る。こんな季節だからか、道はあるものの誰かが通った形跡もなく、それゆえに当然落ち葉は踏みしめられておらず、ふっかふかのまま私たちの足を奪いにしたたかに横たわっています。道中ほぼずっと、足首から下が、葉っぱに埋まってました(笑)。

 こんな時期に山に登ったのは初めてだったのですが、なかなか興味深かったです。やはり、自然は一筋縄ではいきません。まさか、晴れても雨が降ってくるなんてね・・・。ジングルベル流れる町から逃げてきた私たちでしたが、山もそれなりに厳しかった!もちろん楽しかったですが。
 またぜひ、行きたいです。今度はもっと暖かい季節に・・・。
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DSC00001.jpg ケーブルカーが新しくなりました。


Posted at 21:21 | travel | COM(0) | TB(0) |
2008.12.22

恋する京都

 京都に行ってきました。しかも、新幹線で!!
 新幹線に乗るのは、中学生の修学旅行以来。そう、私は名古屋も大阪も京都も広島も岡山も四国も東北もすべて、夜行バスと青春18切符で乗り切ってきた女・・・。別名、貧乏な女。しかも、今回は他のメンバーが全員東京駅から乗車するところ、私だけ新横浜から一人乗車だったので、無事に改札を通って電車に乗れるのかどうか、小学生並みにドキドキしてました。案の定、ひろいひろい新横浜駅で、トイレを探すのに15分くらいさまよいましたが。

 今回の京都の目的は、「嵐山の花灯路に行こう!」。紅葉のシーズンが終わっても、間髪いれずに素敵な催し物をやっちゃう京都はん、さすが日本の一大観光地です。とはいえ、今回は嵐山だけでなく、京都王道コースももちろん回ります。

 まずは、清水寺。この日は「今年の漢字」が発表される日ということもあり、初詣かよ、ってくらいのものすごい人出でした。漢字は予想通り、「変」。チェーンジ!ですね。 
今年の漢字2清水寺7清水の舞台
 その後、高台寺や祇園、河原町などをぶらぶら。祇園では、大好きな「鍵善」の葛きりも食べて昇天。ほんと、いつ食べても美味しいです。
 ところで、私は毎日NHKの朝ドラ「だんだん」を見てるのですが、そこでマナカナのどちらかが舞妓さんの役をやっています。マナカナは確かに可愛らしいのですが、花見小路で見た舞妓さんや芸妓さんは、オーラが違います!!かわいすぎ!背筋ピーンと伸ばしてスタスタ歩いているお姿は、ほんと粋ですなぁ。置屋さんの前で出待ちする人多数。その気持ち、わかります。

 2日目、まずは金閣寺へ。実は私は金閣寺に行くのは3回目。さすがにディティールまで覚えておりますが、初金閣寺の人は、やはり感動するようです。確かにあれを見ると、「オー!エキゾチック・ジャパーン!」な気分を一瞬にして味わえます。天気がよくて、水鏡もすごくきれいでした。
 今回は金閣寺の茶房でお抹茶も飲みました。これは初!金粉がのったお茶菓子もついてくるのですが、これがイロモノかなぁ、と思っていたけれど、意外に美味しくてびっくり。京都は和菓子のレベルがいちいち高めです。あっぱれ。
金閣寺4金粉がのったお茶菓子
 続いて、歩いて龍安寺へ。ここも2回目ですが、石庭以外はまったく記憶にありませんでした。境内を散歩したりするのも、広くて気持ちがいいです。ただ、天気が良すぎて、石庭をのぞむ縁側に座っているのが暑い!のほほんとしたかったのですが、暑くてそうそうに引き上げました。
石庭5「吾唯足知」3龍安寺3
 またまた歩いて仁和寺へ。仁和寺は初めてですが、ものすごく気に入りました。庭がきれい過ぎる!!中3のとき、古典で「仁和寺の和尚」の話がありましたが、どんな話だったっけ?確か、鼻が伸びるか腫れるか、いずれにせよ間抜けなことになっていた気がしますが、「こんなに立派なお寺の和尚さんだったんだ・・・」と全員溜息でした。
五重塔21.jpg2.jpg
 
 日も傾いてきたところで、いよいよ嵐山へ向かいます。天竜寺をさらっと見た後、無料シャトルバスで大覚寺へ向かいます。大覚寺は初めてですが、夜間参拝ということもあって独特の雰囲気。お寺のライトアップって、それだけでワクワクしてしまうような雰囲気があります。どういう雰囲気かというと、「討ち入りじゃー!」という雰囲気(笑)。
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 一番感動したのは、大沢池。京都芸術大学の学生さんのイベントで、大沢池に無数の蝶があらわれたのです!蛍光ステッカーを蝶の形に切り抜いたものが、池に浮いているのですが、池が水鏡になって、2倍いるように見えるます。これがすごくきれい!さらに、池を見る人たちにも、蝶の蛍光ステッカーが配られ、それを体に貼り、見物人自体も蝶になって池の周りを散策してこのイベントを周知する役割を果たすようになってます。
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 言い訳させてください。デジカメで夜景をとるのは難しいんです!シャッタースピードが遅すぎて、手ぶれしてしまう・・・。でも、雰囲気は伝わりますよね?ね?

 その後、また嵐山駅のほうに戻り、今度は竹林の小径を通って、野々宮神社や常寂光寺のほうへ行きました。道はずっと灯路で照らされ、途中、自治会の人たちが手作りした手持ち灯路を渡され、それをもって歩いたりしました。野々宮神社では、雅楽の演奏にあわせて巫女さんが踊っていたり、常寂光寺から京都の夜景を眼下に眺めたりと、夜の20時すぎまで寺社めぐりをし、京都の夜を満喫しました。ただ、渡月橋だけは、隅田川の花火大会並みの人出だったので行きませんでした。この日は満月だったので、きっと月もきれいに見えたことでしょう。
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 嵐山の花灯路は、地元の人たちが中心となって色々な試みが毎年なされているそうで、年々進化しているそうです。京都の寺社は、大体夕方には拝観も終わってしまうのですが、こういう夜間参拝のイベントがあると、普段は味わえない夜の姿も拝むことが出来て、貴重な体験になりました。秋の京都は文句なくいいけれど、初冬もなかなかのものでした。

 3日目は、二条城へ。ホテルが二条城のまん前、なおかつこの日は篤姫の最終回ということで、外せません、二条城!とにかくでっかいでっかい。二の丸御殿の中の部屋も、すごく豪華で風格があります。慶喜が大政奉還を申し渡した部屋などもあって、もっくん(慶喜をやってたね、昔)の顔を思い浮かべながら、はるか幕末のころに思いをはせました。
 その後、上賀茂神社と下鴨神社を駆け足でまわり、新幹線に文字通り飛び乗りました。
 新幹線が来る直前まで私は駅弁を選んでおり、「新幹線きたよ!早く!」といわれて慌てて目の前にあった弁当を買ったら、焼肉弁当でした。この3日間、お上品な味付けの和食ばかり食べてきたせいか、本能が求めていたとしか思えないチョイスでした・・・。

 京都はなんと4年ぶり!ずいぶんご無沙汰だった上に、見知ったところもたくさんまわったのですが、それでもすごく楽しかったです。嵐山は本当に感動しました。あの、灯路をもって夜にもぐっていく感じを思い返すだけで、ワクワクしてきます。帰ってきてからも、八つ橋を食べながら、しばらく京都病でした。


Posted at 20:59 | travel | COM(0) | TB(0) |
2008.12.21

パンを焼く、そして飲む。

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 今日は、ヤミーさんのレシピでベーグルを焼きました。なんと、30分で憧れのベーグルができるのです!そのあと、いつものレシピであんパンもつくって、部屋中がイーストの甘い匂い。パンの匂いは、お日様の匂い、陽だまりのにおいがしますよね。なんとなく。

 そして夕方からは、久しぶりのホームグラウンド、俺らの高田馬場へ出向き、「鳥やす」へ。あのせまくて、いかにも居酒屋なガヤガヤ感がたまらーん!!生ビールで乾杯し、モツ煮と生野菜の盛り合わせについてきた味噌を食べた瞬間、「生きてる~!!」と、細胞が叫んでいました。

 今、終電で帰ってきて、CD-TVを見ています。なぜか最近、パフュームに夢中。振り付けとか、真似しちゃいたいけど、関節痛がこわいのでやりません。
 先週は京都に行ったので、次回はその話をアップしたいと思います。おやすみなさい。

 

Posted at 01:28 | Anything | COM(0) | TB(0) |
2008.12.08

いつのまにやら・・・

 いつのまにやら11月が終わり、12月も中旬。早すぎますぞ。

 11月の出来事を。
 まずは、11月半ばにフェルメール展に行ってきました。私が行ったときはそれほど混んでおらず、絵もゆっくり見ることが出来た。私が気に入ったのは、フェルメールの「手紙を書く婦人と召使」、「リュートを調弦する女」、それから、ピーテル・デ・ホーホの「訪問」。
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 「手紙を書く婦人と召使」では、窓から差し込む光が、手紙を書く婦人の横顔に柔らかく差込んでいる。輪郭は淡く白いドレープが光にとろけるよう。「リュートを調弦する女」は、ふと外に目をやる女性の仕草が印象的だった。「完璧な静寂を感じさせるフェルメールの絵だが、女が調弦する手をふと止めて窓の外に目をやる、その一瞬の仕草がこの絵に生命感を与えている」というようなことが説明パネルに書いてありました。調弦はそもそもが音のない静かなところでしか出来ないこと。その静けさの中で、弦を弾く控えめな音だけが聞こえてくる。一滴の音と一瞬の視線、まるで一篇の詩のような世界です。手紙を書くという行為も、楽器を調弦するという行為も、日常の中ではありふれた他愛のないことだけれど、フェルメールにとってはそれが重要なモチーフになり、詩的な世界観になる。私も、日常に潜むそうした宝石のような瞬間をもっと見つめようと思った。

 素朴な疑問。「小路」は、建物に対して人間が小さすぎるような気がしませんか?とくに道にかがんで遊んでいる子供2人。そういうものなんだろうけど、どうにも違和感がとれません。
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 帰りは、上野公園で三重県の物産展をやっていたので、それをぶらぶら見てきました。そして、温泉の足湯やらおにぎりの試食やら化粧水の試供やらをやり、赤目四十八滝名物の「へこぎまんじゅう」(屁こきではないですよ)を食べてきました。このまんじゅう、素朴でかなりおいしかったのですが、種類をかいた看板に、「金のへこぎ、銀のへこぎ、りんごのへこぎ」などと書いてあり、一瞬童話の「金の斧銀の斧」が頭をよぎり、泉の女神に「どちらのへこぎか」と迫られているところを想像してしまいました。でも、うま~!!(200円で買ったけど、今HPで調べたら、現地では100円らしい・・・。出張費か?!)

 11月の下旬には、恩師のお宅に友達と一緒に遊びに行きました。先生の家は埼玉県の飯能にあり、今回は名栗や秩父にまで足をのばし、紅葉と温泉を楽しんできました。
 2日目は、ムーミンの家に行ったり、近くの川に行ったり。夏にはカヌーや釣りもできるそうなので、今度はぜひ夏に行きたいです。  
 カフェで食べた鴨肉ハンバーグや、先生の奥様が作ってくださったきりたんぽ鍋、そして果敢に挑んだそばうちなど、食も充実した旅でした~!
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 11月に読んだ本のことなど。
 小川洋子の「ミーナの行進」。大好きな一冊。さまざまなエピソードがどれも小粒だけれど愛おしくなるような物語。言葉の一つ一つが繊細な絹糸みたいにつづられているところが、彼女の最大の魅力。奇妙な家族設定・ペット設定だけど、愛や幸せの形・・・というかその寄り添い方は変わらないんだなと思った。マッチ箱にあてがわれた物語や、図書館員とかわされる本の感想が、とてもいい。何度も読み返したくなる一冊。
 もう一冊、小川洋子の「犬のしっぽをなでながら」。藤原正彦先生の「天才数学者列伝」について書かれたエッセーが印象的。
「例えばモーツァルトは音楽の神に愛された天才といえるだろう。しかし天才数学者たちは、数の神に無償の愛をささげる人々である。どんなに冷たくはね付けられようとも、気高く美しい定理を求め、神の前にひざまずく。うつろいやすい不確かな存在の人間が、数学の世界では永遠に不滅の心理を獲得できるのである。」
 意外にも、小川さんが熱狂的な阪神タイガースファンということが判明。これは彼女の本の筆致からは想像できないくらい意外です!!

 長田弘「すべてきみに宛てた手紙」。なーんか昔この人の詩を教科書でみたような・・・というおぼろげな記憶から手に取った本。
手紙1「はじまりというのは、何かをはじめること。そう考えるのがほんとうは順序なのかもしれません。しかし、実際はちがうと思うのです。はじまりというのは、何かをはじめるということよりも、常に何かをやめるということが、いつも何かの始まりだと思えるからです。
 私の場合、子どものときから、始めたことよりもやめたことのほうが、人生というものの節目・区切り目として濃い影のように、心の中に残っています。(中略)
 ひとの人生は、やめたこと、やめざるをえなかったこと、やめなければならなかったこと、わすれてしまったことでできています。(中略)
 結局、やめなかったことが、私の人生の仕事になりました。ー読むこと、聴くこと。そして、書くこと。 物事の始まりは、いつでも瓦礫のなかにあります。やめたこと、やめざるをえなかったこと、やめなければならなかったこと、わすれてしまったことの、そのあとに、それでもそこに、なお残るもののなかに。」
 私もだんだん年をとって、新しく始めることよりもやめていくことのほうが多くなるのかもしれない。そんなときに希望となりうる一節。何かをやめたときに、励みとなる一節。「瓦礫のなかにこそ、始まりはあるのです」。
 
 幸田文「台所のおと」。風邪を引いたとき、台所から聞こえる母の料理をする音にずいぶんホッとしたことを思い出した。
 台所のおとで、佐吉が妻のこころのひだを読み取っていくところは、どきりとするほどせつない。これまでの佐吉の生き様がなせるわざで、しかも慰みとなるおとなのに、皮肉にも佐吉に自分の老い先が長くはないことを読み取らせてしまう。それをあきは隠そうにも隠せない。それほど台所のおとは露骨なものなのだ。食べることは生きることだから、その食べ物を生み出す台所もそこから出るおともいやおうなく生命力や躍動感を放つ。包丁のおと、鍋のふたを置くおと、包丁を研ぐおと、すりこぎのおと、油でくわいを揚げるおと。寝たきりの佐吉との対比が残酷なほど鮮やかで、佐吉に似合うのは、最後にしおしおと降る雨の音だけだった。
 なぜか、この話を読んでいる間中、佐吉を國村隼さんでイメージして読んでいた。うーん、「あんどーなつ」からの連想か?

 あっという間に今年も残りわずか。はりきっていきましょー!!

Posted at 21:15 | Anything | COM(0) | TB(0) |
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